写真家「ひでっとる」です。よろしくお願いします。
みなさんの中には、写真で作品を作ろうと考えた時、何を撮れば良いか悩んでしまう人がいます。僕も常にはその状態です。面白い作品を作ってやろうと意気込んでしまうと、何も思い浮かばない、撮影対象が見つからない、となってしまいます。
僕には、『ノコギリノコドウ』というコンセプトを決めて作った作品があります。
他の作品との違いは、早い段階で表現の方向性を明確にすることに成功したことです。今回は、この作品を製作する初期段階で考えたことを解説します。これを読んでいただくと、
- 何を撮ればよいか悩んでいる人(モチーフがみつからない)
- 撮影してよいかどうかと躊躇する人
へのヒントになります。順を追って進めます。
最初のきっかけは、ほんの少しの興味や気付き
僕は愛知県一宮市に住んでいます。妻の故郷であり、結婚する頃から僕も住み始めます。話は僕が住み始めて17年程経った2013年にさかのぼります。
当時僕には転機が訪れ、念願の写真関連の職を得ることが出来ていました。昔から写真家になるという決心をしていたので、おのずと作品を作りたいと考えるようになりました。仕事面では、他業種からの転職だったので、生活が安定しているとは言えない状況でした。既に子供も生まれ、なかなか遠出のできない環境で、さて、何を作品化するか?と考えた時に、手短な住んでいる街を見渡したわけです。少しアンテナを張ってみた程度です。
どうも、戦後すぐから高度経済成長期にかけて、この街は繊維業が盛んだった。
生活していると、頭の中では断片的なかけらが目の前にあるので、何となく把握していました。例えば、繊維を扱う店舗が多い、繊維業の会社の看板をよく見る、とっぴなランドマークタワーがある、たまに繊維工場を見かける、などです。一般的に、ずーっと同じ場所に住んでいる人は、置かれた環境がいかに特殊でもそのことが理解できません。僕は17年住み続けていた頃、もうどっぷり慣れてしまっていて、気づかない状態でした。
作品を作ろう!と刺激を加えてやっと、周囲の環境をフラットに眺められたようです。
意識して周りを見たり、調べ始めると、特殊な地域だったことが分かりました。
一歩目の行動を起こすけど、まだ撮らない
調べるというか、散策ですね。この時まだカメラを持って動きませんでした。自分自身のルールみたいなものがあって、
確固とした理由を自分なりに見つけるまでは、無闇に撮影しない。
なのです。昔から、街角なんかでのスナップって苦手で、若い頃は旅の写真が流行していたので、もちろん僕も試みました。見事になんにも写らなかった。楽しさや、感動や、気づきや、教えなんかも。自分にスナップの手法はフィットしないとわかりました。多分その経験から、身の回りを写真に撮ろうと意識しています。そして、確固とした理由を自分なりに見つけていないとシャッターを押さなくなりました。話がそれちゃいました。戻ります。
行動半径を少し広げて街の様子を見ると、実は工場がたくさんあることに初めて意識が向くわけです。それも、今まで見たことのないような規模の工場です。要するに、手のひらサイズのような、小規模な工場です。そこで、本格的に興味を持ち始めます。
ここが、本格的な一歩目だったと思います。撮影ではなく、調査する事でした。
工場のカタチが非常に特徴的で、屋根がノコギリの刃のカタチをしていました。屋根なので、どうやって調べようと考えたところ、あることを思いつきます。
google mapの航空写真を用いて、上空から屋根の形状で探そうと考えたのです。普通の屋根と違って、ノコギリの刃の形の屋根をもつ工場(以下ノコギリ屋根の工場とします)は空から見ると、建物のセンターに屋根の山のラインが来ません。
工場の構造上の理由から、屋根の窓の向きは北側に設置される為、合わせ技でほぼ完全に見極めが可能であることが分かりました。
早速調べてみると、えげつない数の工場がありそうだとすぐに分かりました。覚悟を決め、一宮市内だけでも全数を把握してから撮影しようと思い、調査を開始しました。昼間の撮影の仕事から帰り、夕食を食べた後、寝るまでの時間、それと休日の間も暇があればひたすらgoogle mapと格闘して、ほぼ半年かけて、当時の全数約2700件の位置を洗い出し、google mapにマーカーで印をつけました。この頃の僕の家での行動は、相当異様だったと思います。妻は何をやっているか説明を聞いても全く理解できなかったですし、僕自身でさえ、この労力の先になにがあるかは想像できなかったはずです。ただ、すごい事実が一般的には明らかになっていなくて、自分だけが見つけているのかも、とかすかな希望は感じていました。そして半年後に、やっと分布図が完成し、撮影準備が整いました。
少しずつ積み上げて作りこむ
やっと撮影を開始します。長い時間を準備に費やしたことが、僕なりの撮影する理由になったので、躊躇なく撮影に入れました。撮影中に、「なぜ撮影しているんだ?」と誰かに質問された場合に、人としてまともな返事を用意できていることが、僕の中でのルールです。
気になることとしては、もう一つ、肖像権としての建物の撮影は大丈夫か?も心配でした。調べると、基本的には建築物に肖像権は発生しないので、撮影に許可は不要です。どんな撮影でも、注意するに越したことはありません。同時に、私有地に侵入した撮影をしない、洗濯物などのプライバシーは徹底して排除する、ポスターやメーカーロゴなどの2次的情報を排除する、車両番号は差し替えする、建物の所在を明記しない等、気を付けることとしました。
google mapに印をつけた分布図をスマホで見ながら、すべての工場をめぐり撮影を開始しました。機動力が必要なので、自転車を使って、2年半程掛けて全部の工場に行きました。
初期に撮影した写真は、こんな感じです。
建物が美しく見える方向を各建物で見つけ、どんどん撮りためていきました。それぞれ特徴があり、見ごたえのある外壁や窓の格子だったり、周りの情景との関係性だったりが読み取れます。
既に全数で2700棟もあることを知っていたので、写真の数は多くなることは理解していました。最終的に展示することを想定し、目標としていたので、早い段階でその展示のイメージを確認しました。
上の写真9枚のように展示したら、まあ面白いと言えば面白い。見応えがあると言えばある。でもインパクトがない雑然とした印象であることが気になりました。そこで、
一番の特徴が見やすい構図に揃えて、グリッドで展示したら、美しくないか?
と思ったわけです。それで撮影の方法を改めて、取り直した結果がこれです。
振り返ると、このプロジェクトの成功したポイントは、撮影そのものというよりも、事前に段取りが出来、方向性を確立できたことにあります。前職で覚えた格言、
「段取り8分で仕事2分」
仕事の良し悪しは段取りで8割がた決まる事が実践できました。
このプロジェクトの主要な要素、向きを揃えたグリッド配置に決定した、一連の流れをご紹介しました。作品のコンセプト(表現の方向性)は、ビジネスシーンのように、頭からガチガチに決めるのではなく、ひとつづつのピースをクリアしながら積み上げていきます。完成までにはこのような仕組みを何層も積み上げて、最終的に個展の展示になっていきます。それは次の記事で。最後に、答え合わせです。
- 何を撮ればよいか悩む人は、日常のかすかな気付きを大事に育てることから始めましょう。
- 撮影してよいか躊躇する人は、心配事を丹念にひとつづつクリアしていくことです。
今日も一日安全作業で頑張ろう!ご安全に。